2013年8月27日火曜日

Miles Davis / Doo Bop (1992)

Jazz界の帝王として君臨した、Miles Davisの遺作品
衝撃のニュースから早や22年の月日が流れました。

1991年9月28日、肺炎のため死去。65歳没。 死後の2006年、ロックの殿堂入りを果たした。
Miles Davisからの最後のプレゼントはJazzとHip Hopを見事に融合させた最先端のJazz作品です。

サウンドメイキングを全てEasy Mo Beeに任せてHip HopとJazzを最高の形でミックスしています。
これ以降にDoo-Bopの影響でJazz Rapなる全く新しい発想から誕生した、Hip Hop Musicが時代の最先端を走る時がありましたね。Doo-Bopは、まさしく、Jazz Hip Hopの夜明け前の貴重な作品。
 
1. Mystery
2. The Doo Bop Song
3. Chocolate Chip
4. High Speed Chase
5. Blow
6. Sonya
7. Fantasy
8. Duke Booty
9. Mystery (Reprise)

帝王Miles Davisは最後までストリート・ミュージックに興味を示していた。
俺は、このアルバムは大好きで今現在でも良く聴いています。

Milesのトランペットに問題があるわけでもないし、バックのトラックも大好きですし。
少なくとも、俺の中では、カムバック後のMiles Davisのアルバムの中では大好きなほうです。

Jazzの愛聴家からはJazzとしては価値の無い駄作だと言われていますが、
僕は、Miles DavisをJazzだと思って聴いた事がないのでと言った事がありますね。

極論を言うと、Miles Davisが世に出してきた音楽をJazzで括らなくてもいいのではないかとも思う。
Miles DavisのアルバムにはJazzを聴く耳で聴いていない作品も多くあるので。

死刑台のエレベーター - Ascenseur Pour L'Echafaud (Lift to the Scaffold) (1958)、
Porgy And Bess (1958)、Sketches of Spain (1959)そしてエレクトリック化以降において、
少なくともマイルスのエレクトリック化以降から一時引退直前のAgharta (1975)、Pangaea (1975)
までの時期はJazzでもJazz Fusionでもなく、ひとつの独立したジャンルのように思います。

この時期のアルバム群の先進性、深遠さ、濃厚さ、妖しさ、闇の深さは尋常ではない。
マイルスは何度も体調を崩し、麻薬にも耽溺したであろう。

そんな状況下で正気と狂気の間を彷徨い、孤高の闘争をしながら、商業Jazz Fusionとは無縁の志高く一筋縄では語れない高水準の音楽を思考し続けたのがMiles Davisの凄さだと思います。

当然、この最後の遺作もくだらない、ジャンル別けは無意味な事はわかると思います。
何だかMiles Davisはノビノビと吹いているように感じますね。

Hip Hopのグルーヴをバックにリズミカルに音をヒットさせるところなどはさすがだと思う。
昔取った杵柄がHip Hopにも通用しているという事なのだろうと感じますね。

最後の最後、帝王Miles DavisはHip Hopのサウンドをバックに、自分の出来得る範囲内であまり無理せずに演奏し、旅に出てしまったのが少し残念ですが、
最後の傑作作品を聴いて楽しく過ごしたいですね。

2013年8月11日日曜日

天狗舞 山廃純米

昔ながらの山廃造り、山吹色の酒で有名な稀代の銘酒。
日本酒が大好物な俺の特別大好きな石川県の銘酒です。


天狗舞は、昔ながらの山廃仕込みと熟成によってできた日本酒です。
特に、山廃純米酒は、山吹色で芳醇な味わいが特徴ですよね。
通常、市販されている多くの酒は炭素濾過されていますので、酒本来の色合いや旨みもなくなってしまいます。山吹色のこの天狗舞は、むしろ、自然な風合いといえるのではないでしょうか。
石川県の車多酒造が追い求める”本物の酒”こそが、天狗舞 山廃純米だと、俺は思います。

2013年8月10日土曜日

Richard Leyva Ramirez

久し振りの更新になりますが、俺の大好きなSerial Killer 連続殺人犯の紹介のコーナーです。
第3回目、今回、ご紹介するのは、Richard Leyva Ramirezです。
Night Stalkerと別名も持つ殺人鬼

Richard Leyva Ramirezは1984年から1985年にかけて、ロサンゼルス郊外を中心に無差別に民家を襲撃し、暴行、レイプ、強盗などを働き、うち13人を殺害しました。

Serial Killer 連続殺人犯の中では、
犠牲者数が13人と少し少ないのですが、Richard Leyva Ramirezはファンの多い殺人鬼ですね。


1984年6月から1985年8月にかけてロサンゼルス市民を震撼させた連続殺人事件はプロファイラー泣かせだった。通常の連続殺人犯には犠牲者に一定のパターンがある。例えば、
髪の長い女性だとか、売春婦だとか、あるいは少年だとか。ところが、この犯人にはそれがない。

なにしろ最初の犠牲者は79歳の老婆だったのだ。侵入した家に少年がいれば、その肛門を犯している。つまり誰でもよかった様ですね。

犠牲者に共通点があるとすれば「侵入しやすい家に住んでいた」ということなのだろう。
その手口は毎度同じで、寝室に忍び込み、男が寝ていれば22口径で頭を撃ち殺害する。

他に女や少年がいれば犯して殺す。たまに殺さないこともあったが、そこらへんは適当なんですよね。金品を奪うこともあれば奪わないこともある。やはりこれも適当ですよね。

目的が強姦なのか強盗なのか今一つ判らないのが変な魅力になっています。
殺さないこともあったから、大凡の人相は割れていた。背が高く痩せたヒスパニック系で歯はボロボロ、異臭がしたという。おそらく覚せい剤中毒者である。

風呂に入っていないので極端に異臭がする様ですね。
Richard Leyva Ramirezの凶行は、悪魔崇拝のほかに、13歳のときに聞いた従兄弟の話にも影響を受けていると推測されている。

彼はヴェトナム戦争の時にアメリカ陸軍特殊部隊グリーンベレーの隊員として活躍していたと自慢し、ヴェトナム人の女性を虐待し、バラバラに切り刻んだ話を得々と語り、写真まで見せていたが、まったくのホラ話だった。また、この従兄弟が自分の妻を殺害した時、その現場に居合わせ、
返り血を浴びたと伝えられているが、真偽は定かではない様ですね。

米国の大人気のRockバンドのMarilyn Mansonのベースギター演奏者のTwiggy Ramirezも、
Richard Leyva Ramirezから芸名を拝借しているファンの一人です。

その人気者のRichard Leyva Ramirezの生い立ちから、犯行、逮捕時、現在に至るまでを紐解いて行きましょう。中々、楽しめるRichard Leyva Ramirezですよ。

1960年2月28日、テキサス州エル・パソで、鉄道会社勤務の父ジュリアン・ラミレスと母メルセデスとの間の子(7人兄弟の末っ子)として生まれました。ラミレス家は厳格なカトリック教徒で、
幼いリチャードも両親と一緒にミサに通っていた様ですね。

9歳ごろから万引きや窃盗などの軽犯罪に手を染めだします、
14歳になった辺りからマリファナ吸引をはじめるなど、非行行為が目立つようになってきています。

当時の友人たちの話では、ラミレスは幼い頃からすでに一匹狼として行動することが多く、
地元の少年ギャングのグループに加わることはなかったが、
必要に応じてグループの高級住宅地荒らしを手伝ったりしてドラッグを買う金を稼いでいた様です。それにも飽き足らず仲間から金をすり取ったりしたため、
不良少年たちの間で「こそ泥リッキー」と陰口を叩かれていた様ですね。

早くからHeavey Metal Rockに傾倒するいっぽう、教会の聖書勉強会で悪魔に魅せられるようになり、悪魔関連の書物を読み漁るようになったのもこのころだった様ですね。

地元のジェファーソン高校へ入学したものの、何事に対しても無気力無関心で、ほとんど授業に出席せず、学校行事にも一切参加しなかった。17歳で高校を中退したのち、
マリファナ不法所持でエル・パソ警察に三度逮捕され、1982年には保護観察処分を受けたが、
ほどなく出奔し、二度とエル・パソに戻ることはなかった様です。

1982年、サンフランシスコに住む自分より年上の女友達を頼ってカリフォルニアに出てきたラミレスは、1983年にロサンゼルスに移るまで彼女の家で過ごしています。

彼女の娘婿の話によると、当時のラミレスは銃とナイフに強い興味を持ち、その話ばかりをしていたが、ロサンゼルスに移ってからはコカインに手を出し、悪魔崇拝に傾倒していたという。

ロサンゼルスでのラミレスは完全な根無し草で、バックパックに全財産を詰めて、
どや街の安ホテルや簡易宿泊所を転々とし、金がないときは路上や駐車中の車に潜り込むなど、
ホームレス生活を送りながら、窃盗を働いたらしいです。

このころのラミレスは、ドラッグに溺れているだけでなく、コーラやカップケーキなどのジャンクフードを常食し、また衛生観念もなかったため非常に不潔で痩せ細っていた。

ロサンゼルスに移ったその年のうちに、ラミレスは自動車窃盗で逮捕され、
懲役5ヶ月の実刑判決を受け、翌年にもやはり自動車窃盗で36日間服役しました。

僕の推測ですが、この逮捕と服役がラミレスに心の中の悪魔的な精神部分を目覚めさせたのでしょうね。いよいよ、最初の殺人に及ぶ瞬間が近寄ってきています。

Richard Leyva Ramirezが犯した最初の殺人は、彼がロサンゼルス郡刑務所を釈放されて間もない1984年6月28日に起こりました。ラミレスはロサンゼルス市イーグル・ロック地区のアパートの一室へ押し入り、そこの住人である79歳の女性をレイプした上、めった切りにして殺害したのである。

遺体は激しく傷つけられており、首が皮一枚でつながっているようなありさまだった。
また、窓と網戸からは犯人のものと思われる指紋が検出されていたが、
この時はラミレスに結び付かなかったのが連続殺人に発展していきます。

第2の犯行はそれから9ヶ月後の1985年3月17日深夜、ロサンゼルス近郊のローズミードのアパートを物色していたラミレスは、ガレージに車を入れて自分の部屋に戻ろうとした女性を拳銃で撃ち倒した。彼女の部屋へ押し入り、キッチンでルームメイトである34歳の女性会社員の頭部を撃ち抜いた。その後、射殺したはずの女性と出くわしたラミレスは、命乞いする彼女を無視して立ち去った。この事件では生存者にはっきりと顔を目撃されているだけでなく、ラミレスがかぶっていた、
超人気、RockバンドのAC/DCのロゴ入り野球帽が発見されています。

ラミレスはローズミードでの凶行から1時間もしないうちに、第3の殺人を犯している。
ノース・アルハンブラ・アヴェニューで次の獲物を漁っていた彼は、台湾出身のロー・スクール の学生(30歳)が運転する車を止めさせ、彼女を引きずり出すと数発打ち込んだのだった。

救急車が呼ばれたものの、到着を待たずして大学院生は死亡しました。
3月17日の凶行から10日後の3月27日、ロサンゼルス郊外のサン・ゲイブリエル・ヴァレーの中流住宅街でレストランのオーナーの64歳の男性と、妻で44歳の弁護士が惨殺されているのを帰宅した息子が発見する。直接の死因は射殺で、夫は書斎のソファで、妻は全裸で寝室のベッドでそれぞれ絶命していたが、とりわけ妻の遺体の損壊が激しく、生きたまま両目をえぐられていた。

ここでも数多くの手がかりを残しており、これらの証拠から、捜査に当たった、
ロサンゼルス郡保安官事務所は、新たな連続殺人犯が出現したのではないかと危惧し始めます。

この時点では、3月17日の双方の犯行を最初の事件とみなしていたため、
1984年の老婦人殺害を一連の連続殺人と関連付けるまでにはもう少しの時間が必要であった。

また、マスコミはこの連続殺人者に「峡谷の侵入者(The Valley Intruder)」という異名を与えたのです。第4の事件から約2ヶ月後の5月14日、ラミレスは女性大学院生が襲撃された現場から程近いモンテレー・パークの近くに住む老夫婦宅を襲撃。66歳の日系アメリカ人男性を射殺したあと、
現金や宝石類を奪ったうえ、63歳の妻をレイプして逃走した。

それから2週間後の5月30日には、バーバンクの民家を襲撃。12歳の息子をクローゼットに閉じ込めた上で、母親をレイプし、金品を奪って立ち去ったが、ここでもラミレスは警察を嘲笑うかのように素顔をさらして犯行に及んでいる。モンロビア在住の83歳の元女性教師と80歳の妹がラミレスの襲撃を受け、2日後の6月1日に瀕死の状態で発見される。

妹の方は一命を取りとめるが、元教師は6週間後に死亡した。
これまでの犯行と同様に、家のなかは荒らされ、ここでもラミレスは凶器のハンマーなど大量の証拠を残しているが、そのなかでもとりわけ刑事たちに衝撃を与えたのは、元教師の太腿に口紅で悪魔のシンボルである逆五芒星が描かれていたことであった。

この五芒星は妹の部屋の壁にも描かれていた。
逆五芒星とは、地の底 即ち、地獄とのつながりを示すと言われている、
悪魔崇拝者の間では有名なシンボルマークの一つなんです。



モンロビア事件から1ヶ月近く経った6月27日、32歳の女性がアーケイディアの自宅で喉を掻き切られて死んでいるのが発見された。この事件を皮切りに、ラミレスの狂乱ぶりはピークに達していきます。既にこの頃になると、『ロサンゼルス・ヘラルド・イグザミナー』紙の記者がこの連続殺人犯に新たな呼び名を付けます。その名前こそが、「ナイト・ストーカー(Night Stalker)」です。

7月2日には、アーケイディアで75歳の老婦人が同様に喉を掻き切られて殺害されているのが発見される。7月5日、やはりアーケイディア在住の16歳の少女がナイト・ストーカーの襲撃に遭い、
バールで殴られた上レイプされたが、生命だけはとりとめている。

二日後、61歳の女性がモンテレー・パークの自宅で撲殺されているのが発見された。
さらに同じ夜、近所に住む63歳の看護婦が自宅で襲われ、レイプされた後金品を奪われた事件が起きます。2週間後の7月20日、この日の夜、ラミレスはそれまでにも増して異常な狂乱振りを発揮している。一晩のうちに、グレンデール在住のガソリンスタンド経営者夫婦を射殺。

その後サン・ヴァレー在住の32歳のアジア人男性宅を襲撃、男性を射殺、
29歳の妻に悲鳴をあげないよう悪魔に誓わせた上でレイプした。

さらに8歳の息子もレイプし、3万ドルの現金と宝石類を奪って逃走。
8月8日には、サン・ゲイブリエル・ヴァレー在住のアジア人男性宅へ押し入り、男性(35歳)を殺害、
妻は殴り付け、悪魔に忠誠を誓わせた上でレイプしている。

8月17日には、ラミレスはサンフランシスコにまで足を伸ばし、
会計士の中国系アメリカ人男性(66歳)を射殺、妻にも発砲したが、彼女は生き延びた。
その後、口紅で壁に逆五芒星と「Jack the Knife」という言葉を書き残している。

最後の犯行は、8月24日にロサンゼルス南方のミッション・ヴィエホ在住のコンピュータ技師と婚約者の自宅でおこなわれた。いつものように男性の頭を撃った後、女性をレイプしたラミレスは、
婚約者に悪魔への忠誠を誓わせる儀式を強要させ、立ち去った。

男性は頭部に3発撃ち込まれたものの奇跡的に一命を取りとめた。
Richard Leyva Ramirezの一連の凶行を、捜査に当たったロサンゼルス郡保安官事務所が正式に連続殺人事件と断定したのは1985年6月、最初の老婦人殺害から実に1年後のことだった。

ラミレスが犯行現場に大量の手がかりを残しておきながら、結果として警察の捜査の手を逃れていたのは、従来のプロファイリングが描き出す犯人像に当てはまらないためであった。

犯行方法が一貫せず、犠牲者の人種や年齢や性別にばらつきがあった。
このため、連続殺人の疑いが早くから持たれていたにもかかわらず、
これらの事件を関連付けて捜査することに警察側が躊躇していたのだ。

しかし、生存者の目撃情報や、現場に残された各種の証拠品を総合した結果、
ロサンゼルス郡保安官事務所は一連の事件を連続殺人犯の仕業と断定。

ただちに特捜班を編成した。ロサンゼルス市警察本部も独自の捜査班を設置して保安官事務所の特捜班と合同捜査チームを編成、このチームには「ヒルサイド・ストラングラー」特捜班の古参メンバーが優先的に投入され、最終的には200人を超える捜査員が専従捜査に当たることになり、
市民に情報提供を呼びかける一方、マスコミを利用して、犯人を炙り出すため、
警察が犯人の正体を掴んでいると匂わす、「プレッシャー作戦」と呼ばれる情報戦を展開。
着々と包囲網を狭めていった。最終的にラミレスが捜査班の網にかかったのは、
8月24日の犯行の被害者を始め、多数の近隣住民がラミレスの運転する車を目撃しており、
証言が完全に一致したこと、ラミレスの友人が警察に通報してきた特徴が、
ナイト・ストーカーのそれと一致したことだった。

そして、ラミレスが運転していたと思われる車が乗り捨てられているのが発見されると警察は直ちに車を押収して調べ上げます。指紋は念入りに拭き取られていたが、レーザー光線を照射して辛うじてひとつの指紋が検出された。指紋はすぐ、FBIで導入されたばかりの最新の指紋検索データベースにかけら、わずか数分で不法侵入と窃盗の常習犯であるラミレスのファイルが表示されたらしいです。ちなみに、ラミレスの指紋が検索される数日前に1960年1月1日以降に生まれた犯罪者の指紋情報が新規に追加されたばかりであった。

もしラミレスがそれより数ヶ月早く生まれていたら、
指紋による身元確認は大幅に遅れ、さらに犠牲者が増えていただろう。
捜査当局は緊急記者会見を開き、リチャード・ラミレスがナイト・ストーカーであると断定し、
指名手配を行なうことを発表します。

1985年8月31日、ラミレスはアリゾナ州フェニックスからロサンゼルスに戻ってきた。
コカインを手に入れるために数日ロサンゼルスを離れていたラミレスは、
自分が指名手配されていることも知らず、意気揚々と街を闊歩していた。

やがて行き付けのコンビニエンスストアに入り、好物のドーナツとペプシコーラを買おうとレジに立ったとこで、自分の顔写真がデカデカと載った地元紙の一面が目に飛び込んだ。

自分が殺人犯として指名手配されていることに気付きパニックに陥ったラミレスは店を飛び出し、
3キロをわずか10分で走りぬけている。その後、3度にわたって自動車を強奪しようとして失敗、
追いつめられたラミレスはヒスパニック系住人が多く住む地区へ逃げ込んだ。

同胞に対する慈悲を期待してのことだったが、住民たちは逆に怒りを剥き出しにしてラミレスを追いたてた。というのも、ただでさえお決まりの人種差別で腹立たしく思っているところへ、
ナイト・ストーカーの正体がヒスパニックの男だというので、非常に肩身の狭い思いをしていたのだ。ナイト・ストーカーが自分たちの街に逃げ込んできたと聞いた住民たちは、
それぞれ怒りに燃えながらラミレスを追いまわし、とうとう彼は身柄を押さえられるに至った。

通報を受けたアンドレアス・ラミレス保安官代理(同姓で年齢も同じく25歳だがむろん無関係)が現場へ駆けつけた時には、殺気だった住民らにリンチにかけられる寸前だったという。

ラミレス保安官代理が現場へ到着すると、ラミレスは、こいつらに殺される前に俺を捕まえてくれ!と泣き付いたという、なんとも、お粗末な逮捕の瞬間を迎えます。

この後は、逮捕後から裁判でのRichard Leyva Ramirez Night StalkerのSerial Killerとは、
思えない、なんとも、情けない姿をご紹介します。


Richard Leyva Ramirezは逮捕後も弁護士の選任でさんざん渋り、6人の弁護士を選任しては解任し、やっとサンノゼ在住のアルトゥーロとダニエル・エルナンデスというヒスパニック系の弁護士ふたりが選任されたが、刑事裁判の経験が浅かったため、公判の開始直前に彼らの補佐という名目でベテラン弁護士レイ・クラークが事実上の主任弁護人として選任された。

また、裁判が行なわれる場所が犯行現場に近いと文句をつけて「陪審員に先入観を持たれているに決まっている、不利だ」とごねた。これは公判の引きのばしのためだったがこの策は成功し、実質的な裁判が始まるまで3年半もの時間がかかりました。

1989年1月に陪審員の選任手続きが終わり、ロサンゼルス高等裁判所の法廷で本格的な審理が始まったが、評決まで実に半年もの長期に及んだ。
これは提出された証拠物件や召喚された証人の数が桁外れに多かったことや、審理中、
ラミレスが判事に向かって卑猥な言葉を吐いたり、傍聴人やマスコミに手のひらに描いた悪魔のシンボルをこれ見よがしに見せるといった悪ふざけをして退廷させられるなど混乱を招いたためだった。また、陪審団も相次ぐトラブルに見舞われた。

まず陪審評議に移って13日目に男性陪審員が居眠りをして即座に解任された。それから2日もしないうちに無断で外出した女性陪審員が愛人の男性に射殺され、
愛人も自殺するというスキャンダラスな事件が発生した。このため日頃から悪魔主義的な主張をしているラミレスが、悪魔の力を借りて裁判を妨害しているのだとオカルティックな噂が囁かれる有様だったようですね。

波乱含みの裁判だったが半年の法廷審理と22日間に及ぶ陪審評議の結果、
1989年9月、63件の訴因についてほとんどすべてが有罪と認定された。
13件の殺人中12件が第1級殺人とされ、1件は第2級殺人と認定された。

さらに殺人未遂・婦女暴行・強盗など30の重罪についても有罪の評決が下された。
続く5日間の量刑審議は評決が6対6で一時デッドロックに陥ったが、
最終的には10対2の多数決で死刑が評決された。

公判を担当したマイケル・タイナン高裁判事が判決の前に何か言いたいことがないかという問いに、ラミレスは以下のように答えています。

言いたいことは山ほどある。だがここでは言いたくない。第一俺は何故こんなところで無駄に息をしているのかわからないが、そんなことはどうでもいい。……俺について今まで散々嘘八百が並べ立てられたが、これからもそうだろう。俺はこの文明社会という奴の偽善的で道徳的な意見なんか信じない。お前らのようなウジ虫野郎どもを見ていると反吐が出る。どいつもこいつも偽善者ばかりだ。……あんた(判事)なんかに俺のことはわかりゃしない。誰かに理解してほしいとは思わないし、理解できるはずもない。俺はあんたの経験を超越しているのさ。
俺は善悪の基準を超えているんだと吐き捨てています。

結局、第1級殺人12件について12回の死刑判決、その他の訴因について59年4ヶ月の懲役刑を下されたラミレスはそれを聞くと高笑いし、記者たちに「大した扱いだ。死は縄張りとともにやって来る」と言い、「人間、死ぬのも仕事のうちさ。ではディズニーランドで会おう!!」と手を振った。

なお「ディズニーランド」とは、「デス・イン・ランド(Death In Land)」のもじりであり、
また規則が甘く、囚人にとって楽な刑務所を意味する言葉です。

現在はサン・クエンティン刑務所に拘留され、控訴の結果を待っている。
1996年10月、グルーピーのひとりであった女性と獄中結婚。刑務所内で結婚式を挙げて下ります。

2013年NFL プレシーズン開幕!!

いよいよ、待ちに待った今年度のNFLの開幕前のプレシーズンゲームが開幕しました。
我らが、Washington Redskinsですが、現地時間2013年8月9日にTennessee Titansと対戦しました。

レッドスキンズはひざをリハビリ中のRGことQBロバート・グリフィンIIIが欠場して、少し寂しい感じですが、
同期生の2年目QBカーク・カズンズがパス7回中6回成功、52ヤード、1TD、レイティング137.2の好プレイを披露してくれました。今年もWashington Redskinsの攻撃陣はタレントが豊富で期待大ですね。

2013年8月1日木曜日

Bren Ten

1983年から1986年のわずか3年間だけ、市場に出ていた、隠れた銃の名品です。
ブレン・テンは、1983年にアメリカのドーナウス&ディクソン社によって開発・販売された自動拳銃です。
ブレン・テンの「テン」は10mmの口径を指していると言われて下ります。
1980年代初期にアメリカの都市圏では強力な拳銃を所持した犯罪者が増加し、
警察官が主に使用していた.38スペシャル弾や380ACPでは威力不足であると考えられていました。
然し、コルト・ガバメントに代表される.45口径の拳銃はどれも大きく重く、
警官の携行銃としては不向きだったらしいですので、一部で人気のあったマグナム弾使用銃は殺傷能力が高すぎて、公的機関用としては使用が難しかったので。今ではスタンダートとなっている9mmパラベラムは、
この頃、威力不足という噂や偏見によって使うことを嫌われていたと言われて下ります。
そのため十分な威力を持ちつつ警察官携行用にも適した製品の一つとして10mmオートという弾丸が考えられはじめました。これは9mmパラベラムよりも強力で.45ACPよりも小さく(.45は約11.43mm)
.357マグナムに匹敵するマンストッピングパワーを持つとされた弾丸であります。
銃本体は、当時コンバット・シューティング(実戦的射撃術)の第一人者であったジェフ・クーパーが開発に参加し、チェコスロバキアの傑作自動拳銃Cz75をベースに作られて下ります。
これだけ理想的なスペックを詰め込み、FBIが10mmオート弾を制式採用したにもかかわらず、
市場では、全く、売れない銃でした。売れなかった理由としては、マガジンケースの生産が販売に間に合わなかったことが一つの要因とされているが、理想的なスペックを追い求めた結果これといって特徴がなく魅力の乏しい銃になってしまったせいではないかという指摘もあります。
10mmオート弾ということもあって、9mmパラベラム弾のCz75より初速は速く、
銃としての性能そのものは優れていたのも事実です。


口径 10mm 銃身長 127mm 使用弾薬 10mmオート
装弾数 11発 作動方式 ショートリコイル
全長 222mm 重量 1070 g 銃口初速 410m/s

2013年7月21日日曜日

Studio One

強烈なMusicソフトStudio One!!
近年は、自宅で曲を作れる時代ですよね。
面倒で費用の高額なスタジオで作業しなくても、自宅でPCがあれば曲作りに没頭できますよね。
その、究極のソフトが今回ご紹介する、Studio Oneです!!
先ず、僕自身が触った感想からですが、正直言って最初は期待はしていませんでしたが、
作業を進めていく度に驚きと感動で震えました。
 
Studio Oneの生みの親は、ドイツの名匠ヴォルフガング・クンドゥルス氏だ。クンドゥルス氏はSTEINBERG CubaseをATARI用の初期バージョンのころから手掛けたソフト開発者。
Studio Oneの開発はこのクンドゥルス氏および、フリーウェアのシーケンサーKRISTAL AUDIO ENGINEやSTEINBERG Cubase/Halion/Plex/VSTテクノロジーを手掛けたマティアス・ユーヴァン氏を中心に行われた。

Studio Oneは64ビットOSに対応し、32ビットOSの限界であった4GB以上のRAMを利用することが可能(32ビットOS版も用意されている)。さらに混同しがちなのだが、64ビットOS対応とは別に、Studio Oneの最大の特長として"64ビット・オーディオ・エンジン"の搭載が挙げられる。

プロセッシング/ミックス/バス/エフェクト/インストゥルメントまですべて64ビット浮動小数点(32ビット浮動小数点にも切り替え可)処理だ。多くのDAWが32ビット浮動小数点を採用していることからも、Studio Oneがいかに高品位なサウンドを志向しているかが分かると思います。

その64ビット・オーディオ・エンジンによる高音質設計だけでなく、シングル・ウィンドウの採用、複雑なメニュー・リストに頼らないドラッグ&ドロップ方式、さらにマスタリングに対応する"プロジェクト画面"も別途用意されるなど、ユーザー目線に立った使いやすさを徹底的に追求。

さらに注目すべきは、オーディオ編集機能にCELEMONY Melodyne Essentialを組み込み、DNAテクノロジーによるピッチ解析/編集が可能となっている点。さらに録音テイクのつなぎ=マルチトラック・コンピングや、マスタリング時のDDPの書き出し、VST3プラグインへの対応など、充実した機能を誇っているのがStudio Oneです。


それでは、Studio Oneの凄さをじっくりと説明していきます。
まずスタート画面で"新規ソングを作成"を選択をします。

Studio Oneでは曲作り~ミックスを行う画面を"ソング"、マスタリング用の画面を"プロジェクト"と呼びます。

ソングを立ち上げると、縦にトラック、横に時間軸というDAWでおなじみの画面が現れます。
Studio Oneはシングル・ウィンドウ方式を採用しているので、基本作業はこの画面だけです。

細かなオーディオ/MIDI編集をしたいときは右下の"編集"ボタンを押せば、
下部に選択イベント(他のDAWで言うところのリージョン)の拡大表示が現れますし、
"ミキサー"ボタンでフェーダーを呼び出したり、"ブラウズ"ボタンでパソコン内の
オーディオ・ファイル/VST/Audio Unitsプラグイン/プラグイン・プリセットなどの一覧表示も可能。そのブラウズから使いたい、オーディオやバーチャル・インストゥルメントを中央画面にドロップしていけば、それに対応したトラックを自動的に作ってくれます。

非常に優れた操作感で、ユーザーのニーズがよく分かっていますね。




録音は非常に簡単。
各オーディオ・トラックの"オーディオI/O設定"をクリックすると入力ポートの設定画面が現れるので、オーディオI/Oのどの入力をアサインするかが選択できます。

とにかく細かいことを気にせずに録音に集中できます。
肝心の録り音ですが、お世辞抜きで最高に良いです! 

いつもと同じマイクプリ&オーディオI/Oで録音したのに、
こんなに音が違うとは......ハイエンド・オーディオを聴いているときの立体感というか、
みずみずしさというか、"本物の音"が流れてくる感じがします。

Studio Oneに付属するバーチャル・インストゥルメント、Mojitoのフレーズを打ち込んでみましょう。
バーチャル・インストゥルメントの立ち上げも非常に簡単で、
ブラウズの"インストゥルメント"タブからMojitoの項目を見るといろんな名前のプリセットが並んでいるので、気になったものをソング画面へドロップすればOK。

Mojitoはアナログ・シンセを模したシンプルな作りで、イマドキなサウンドという印象。
エレクトロニカなどで重宝しそうなソリッドな音にドイツらしさを感じます。

MIDI打ち込みは外部MIDIキーボードのほか、"編集"ボタンで現れるピアノロールから行えます。

手弾きで"ズレたな"と思ったら"Q"キーを押せば設定した値へ瞬時にクオンタイズしてくれますし、
逆に人間的なヨレを作り出すヒューマナイズという機能も、エレピの打ち込みなどで
便利に使えると思います。

さすがCubase/Nuendoの開発者が作っただけに、MIDI関連の自由度は非常に高いですね



Studio OneにはMojito以外にも3つのバーチャル・インストゥルメントが付属。

いずれもサンプル・プレイバック・タイプで、まずPresenceはピアノ/ストリングス/パーカッションまで充実の音色を誇るマルチ音源。Impactはパッド・タイプのリズム・マシンで、ビート・メイクに重宝するだろう。

SampleOneはシンプルなサンプル・プレーヤーで、ソング内のイベントをドロップして使うことも可能

ノーマライズ、反転、ストリップ・サイレンス(無音部分を非イベント化)など一般的なファンクションももちろん用意されていますし、個人的にはイベント単位でボリューム・エンベロープが設定できるのが好印象。

トランジェントの自動検出機能も付いています。オーディオのアタック部分に自動でベンド・マーカーを打ってくれて、それを基準にオーディオのクオンタイズを可能にしてくれる機能です。
一定のリズムを刻むパートのタイミング合わせなどに最適でしょう。
それからオーディオ自体のグルーブを抽出して、ほかのオーディオのタイミングをそれに合わせるなんてことも可能です。

 


ボーカルなど、複数テイクから良い部分だけピックアップして1つのトラックにまとめる"コンピング"機能も装備しています。L/Rルーラーで指定した範囲をループ・レコーディングすると、
自動的にトラックの下に"テイク"が増えていきます。

それらを聴き比べながら、"部分的にこのテイクが良い"と思ったら範囲指定をしてダブル・クリックするだけで本チャン・トラックにその部分が反映。

しかもテイクの切れ目に自動的にクロスフェードをかけてくれるので、プチ・ノイズが起こることもありません。ボーカル録りはもちろん、ギターのつなぎでもこの機能はかなり役立つはずです。

ループ・レコーディングで複数のボーカル・テイクを録り、
それらのテイクから良い部分だけをつなぎ合わせるコンピング機能を標準搭載。
一番上のトラックが、下の複数テイクからいいトコ取りをしたものだ。

つないだオーディオ間のクロスフェードも自動的に行ってくれる

Studio Oneの最大トピックの1つとして、
何とピッチ補正ソフトのMelodyne Ess entialを内包していることが挙げられます。
ここでは既存のボーカル・テイクの音程を人工的にいじって「ハモ」を作ってみることにしましょう。

手順は、編集したいオーディオ・イベントを選んでctrl+M(Macの場合はcommand+M)を押すと、MelodyneがON状態になってピッチの自動分析が始まります。

ピアノロールに分析されたノートが並んだら、後はそのノートを好きに移動させていけばいいだけ。
上下の音程だけでなく、左右に動かせばタイミングもコントロールできちゃいます。

DNA(Direct N ote Access)技術が用いられているので、
何と1つのオーディオ・イベントから和音の分析&編集も可能! 
サウンドも他のソフトに比べて自然です。

例えばノートを5度動かすと"キーン"という機械音が出てしまうソフトもあるのですが、
Melodyneに関してはリアルに音程が変化してくれます。

普段からピッチ補正は絶対に行う作業だけに、Melodyneが機能の一部になっているのはうれしい限り。音程のちょっとした補正から、新たにハモ・パートを作るというクリエイティブな用途まで、
幅広く使えるでしょう。


ミックス"ボタンを押せば、下部に各トラックのフェーダーが出現。フェーダー幅を狭めたり、
インサート/センド・スロットの表示/非表示も選べます。

スロットに挿したプラグインはドラッグによる順番入れ替えや他トラックへのコピーも簡単。
この辺で迷うことはまず無いでしょう。

内蔵プラグイン・エフェクトも一通りチェックしてみてください。

例えばPro EQは5バンドのEQで、カーブの背景にリアルタイムにスペクトラム・メーターが現れて非常に分かりやすい作り。コンプのCompressorもしっかりと音が前に出てきてレベルが稼ぎやすく好印象です。

さらに一番良かったのがAnalog Delayで、フィードバック音がにじんでいく感じが"あ~、分かっているな"という感想。この辺のEQ/コンプ/ディレイという基本プラグインが本当によくできていて感激です。

ミックスをしていて思ったのが、出音に余裕があるということ。

一般のDAWでは分離が良くても音をくっつけるのに苦労することがあるのですが、
Studio Oneは音がちゃんとくっつきますし、だからと言って飽和もしないので、
音数が多くても奇麗にサウンドの世界が見えるのです



ミックス時にプラグインだけでなく、手持ちのアウトボードをインサートしたいという人も多いと思います。

そんなときに便利なのがPipelineというプラグイン。

これを任意のトラックにインサートして、センドとリターンのI/Oポートを選んで再生してみましょう。
これだけで、自動的にPipelineがStudio Oneとアウトボード間のレイテンシーを算出&補正して、
ハードウェアのインサートを可能にしくれます。

ほかのDAWで同じことをやろうとすると、自分でレイテンシーを計って波形を前にズラすなどの面倒な設定が必要だったりするので、Pipelineは非常にインテリジェントな作りです。

今度はマスタリング用の新規プロジェクト・ファイルを立ち上げます。
そこへ2ミックスのオーディオ・ファイルを並べていきましょう。

ブラウズ・リストからオーディオ・ファイルを選んでドロップしてもいいですし、
さらにはブラウズ・リストに並ぶStudio Oneソング・ファイルをドロップすると、
リアルタイムにそのソングが2ミックスとして自動的に書き出されます!

 
プロジェクトに並べた2ミックスに対し、"プロジェクト">"音の大きさを検出"を実行すると、
その2ミックスのL/Rチャンネルのピーク・レベルや平均レベルが数値で確認できます。

書き忘れましたが、ソング画面でミックスを書き出す際に、
0dBを超えて赤が付いたりするとアラートが出て、さらにその回数まで教えてくれるようになっています。ソフト全体でレベル・キープに対する万全の対策が取られているわけです。

プロジェクトで2ミックスを再生すると、その状態がスペクトラム/レベル/位相メーターに映し出されます。2ミックスはボリュームやフェード編集のほか、インサート・エフェクトで音質を整えることが可能。

こうして2ミックスを並べていけばアルバム1枚分のマスタリングができます(もちろん1曲だけのマスタリングでもOK)。曲間の指定やトラック・マーカーの挿入も直感的に可能です。
書き出しもオーディオCDのほか、CDプレス工場に納品するためのDDP/ディスク・イメージ、
さらにインターネット公開用にメタ・データが埋め込まれたデジタル・リリース形態も選べ、SoundCloudへのアップロードにも公式対応しています。

もちろん64ビット・オーディオ・エンジンによる高品位サウンドはマスタリングでもしっかり堪能できます。



駆け足でStudio Oneを紹介しましたが、いかがでしたか? 
これ1本でハイファイなポップスからクラブ・ミュージックまで全ジャンルに対応し、
トラック制作からCDを焼く作業まで全部できてしまいます。

さらに付属プラグインもクオリティが高いので、
それだけでもStudio Oneを導入する意義はあると感じました。

乗り換え用途でなくても、新しいクリエイティブ・ツールとして手元に置いておくには価格的にも最適でしょう。そして、何より音が良い。セールス・トークではなく本当に良いのです。

最新のパソコン用にデザインされているので、ぜひハイパワーなマシンで使ってほしいですね。

僕の次のアルバムもStudio Oneで製作しています。













2013年7月5日金曜日

Jay-Z / Magna Carta Holy Grail (2013)

全世界のHIP HOPファンの待ち望んでいた、2009年発売の前作、
The Blueprint 3、から約4年半振りの待望のNew Albumに成ります。

Magna Carta Holy Grail が2013年7月16日に発売決定です!!
今回は、全16曲収録されています。俺の手元の音源も16曲あります。

参加ゲストももの凄い面子が揃い、恐ろしい程の大傑作になりましたね。
先日、マイアミヒートの連覇で幕が下りた、NBAファイナル第5戦目でオンエアされた、
TVコマーシャルで発表され、全世界の音楽ファンを驚きと共に大喜びさせたのも記憶に、
新しいと思いますが、本当に発売されます!!


先ず、幕開けは、Holy Grail (featuring Justin Timberlake)です。
最初から、超豪華な競演作からのスタートです。ピアノの美しい音色から、Justin Timberlakeのソウルフルな全編で聴ける2013年のJAY-Zの登場です!!
実にカッコ良くて安心して聴いてられる1曲ですね。

Picasso Baby は、エレクトリックな重量感のある、ベースラインとスペイシーなシンセの音で構成された、新しい感じのHIP HOPに仕上がっています。
Tom Ford も新しい感覚を持ったHIP HOPですね。

バックのドラムの音に特徴があり、中毒性の高い1曲です。
FuckWithMeYouKnowIGotIt (featuring Rick Ross)は最高のHIP HOPです。

暗く、ドス黒いバックトラックにゲストのRick Rossの重たいラップから入り、
少し軽めのJAY-Zのラップとの比率を楽しめる、今作のお勧め曲です。

Oceans (featuring Frank Ocean)は、超話題のFrank Oceanを招いた、強烈な1曲です。
新しい歌唱スタイルを提示した、Frank Oceanが今回も全編で怪しくもドス黒い歌を聴かせてくれています。前半最後のF.U.T.W.ですが、ワンループのサンプリングを二つ重ねた、
これぞ、HIP HOPと唸る曲です。

中盤のオープニングは、コミカルなホーンが印象的な、Somewhere in Americaです。
これも、中毒性の高い、俺の大好きな感じのHIP HOPです。

Crown は、もの凄い怪しいバックトラックに重たいサンプリングループと中盤のサイレン音と全てが揃った、少し、恐ろしい感じのする、真っ黒な1曲です。

Heaven葉、完全にワンループで構成された絶品曲です。
俺も、大好きですね。ソウルフルな歌とワンループで怪しく繰り返される上物が印象的で最高です。
曲の中盤に少し感じが変わるのですが、一貫してのワンループのHIP HOPです。

Versusは、短めの1曲です。完全にJAY-ZのHIP HOPと唸る様なイカした、極上短編曲です。
Part II (On the Run) (featuring Beyonce)は、今作の最大の注目曲と断言します。
奥方のBeyonceの歌も最高ですが、JAY-Zのラップも極上ですね。
流石に、最強の夫婦での競演です。大ヒット確実の1曲ですね。

Beach Is Better は、次の曲に繋ぐような1曲です。ハードな印象の短いラップとトラックが最高ですね。個人的には、もっと、長いバージョンが聞きたいですね。

後半、一発目は、変な日本語から始まる、BBC (featuring Nas, Justin Timberlake, Beyonce, Swizz Beatz, Pharrell & Timbaland)面白い感じの曲ですが、ゲストが凄く豪華で、90'S HIP HOPの様に、マイクリレーが楽しめる、楽しい1曲です。P-FUNK的なバックトラックもカッコ良いですね。

Jay-Z Blue (Daddy Dearest)は、南部系のビートにJAY-Zのラップが炸裂する、1曲です。
このあたりの、トラックを乗りこなすのは、JAY-Zだけでしょうね。

La Familia も重たいHIP HOPトラックですね。軽めのラップに重たいトラックが今回は多いですね。
今作、ラストを飾る、Nickels & Dimesですが、新しいHIP HOPの扉を開いた印象が強く残る曲です。CLUB DJには、大変、喜ばれて、重宝する、
極上のアルバムを閉める最高の1曲で幕が下ります。
今作までの、JAY-Zの全てのアルバムの中でも、
一番、バックトラックとビートが重たい印象を受けました。

でも、このアルバムを聴かされたら、JAY-Zは本物のKING OF HIP HOPだと痛感しましたね。

発売まで二週間程度ですが、是非!! 発売日に入手して聴いて欲しいHIP HOP作品です。
絶対に、間違い無しの2013年のNew JAY-Zをお楽しみ下さいね。